「彼はなぜあんなにも辛そうにプログラミングをしているのだろうか」
私の行動のきっかけになった想いです。
本記事は著書『ドメイン駆動設計入門 ボトムアップでわかる!ドメイン駆動設計の基本』のあとがきです。
あとがき
プログラミングには多くの選択が現れます。
「ここはどう書こうか」
「この表現は適切だろうか」
「もっと上手いやり方はあるだろうか」
ときに、迷いに似た選択の果てに、いつしかプログラムは最終系にたどり着きます。
もちろん、その過程でどの選択をするかは、誰しも同じものではありません。
まったく同じ機能のプログラムを書いたとしても、その構造は開発者によって異なるものになりえます。
この多様性は私の興味を強く惹きつけるものでした。
コードで表現された世界はとても魅力的です。
その人がどのように捉え、どのように表現しているのか。
そのコードを書いた開発者個人の個性を強く感じられます。
自分自身がコードで表現するときも同様です。
世界をどのように捉え、どのように表現するのか。
ほとんど芸術的な創作活動のように感じています。
だからこそ、つまらなさそうに、あるいは辛そうにプログラミングをしている彼らに、そこにある楽しさを伝えたいと考えたのです。
この私の独善的な願いを達成するのに必要なことは何でしょうか。
「そのためには必要な知識を授ければいい、表現する手段さえわかればきっと楽しめるはずだ」と考えたのは、当時はまだ私が若かったからでしょう。
もちろん、知識を与えただけでは人は動きません。それに気づかぬほどの若輩者でした。
人に知識を与えるためには、そのことについて人よりも知識が必要です。
自身の考えを確立し、その上で書籍を読み考えを補強する。
そのために手に取った多くの書籍の内に『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』がありました。
私が『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』を読んで、最初に抱いた感想は「後悔」です。
なぜなら、そこに書かれていることはまさに私が伝えたいことだったのです。
私が伝えたかった内容を、私よりも幅広く、奥深く言語化し、プラクティスとして提示されていることは、まるで私の考えに名前を付けられてしまったような気分でした。
そうして打ちひしがれて以来、それでもプログラミングやソフトウェア開発の楽しさを伝えたいという気持ちは変わらず、ティーチングやコーチングで自身の欲求を満たしていたある日のことです。
ひとつのコミュニティと出会いました。
それが DDD Community JP です。
ほんの興味本位でコミュニティに入り、オンラインの勉強会に参加しました。
そして、会話をしているときに気づいたのです。
多くの方が『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』の難解さに打ちひしがれていると。
『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』に登場する用語の多くは日本人には耳慣れなく、馴染み薄いものであり、なおかつ多くの前提知識が求められます。
私自身も、当初はその読みにくさに難航したものでした。
それは誰にとっても同じだったようで、とくに初学者にとって大きな障壁となり、学習を断念する理由になっていたのです。
私としては、ドメインを上手く捉え、表現するというドメイン駆動設計を実践することは、開発者にとって何よりの楽しみだと考えています。
したがって、折角その門戸を叩いた初学者がその難解さを理由に踵を返すのはとても勿体ないことに思えました。
ドメイン駆動設計の言葉を知って興味をもってもらえたなら、是非ともその世界に飛び込んでほしい。
そのために必要なものは何でしょうか。
私は橋渡しのための手引きが必要だと考えました。
2018年の中頃、このことに思い至って約1年半。
ドメイン駆動設計の手前で二の足を踏む者たちに、最初の一歩を踏み出す勇気を与えるために、様々な活動をしました。
WEB媒体での発信やコミュニティでの活動、記事寄稿、講演活動、そして本書。
もちろんすべてがすべて、計算通りにはいきませんでした。
これらを可能にしたのは、間違いなく私をフォローしてくれたみなさんのおかげであることは疑いようもありません。
おかげさまでこうして無事、知識を書籍としてまとめあげることができました。
ここに感謝を述べます。有難うございました。
本書はパターンに絞って入門の手引きをする書籍です。
冒頭や最終章をご覧いただければお分かりになることかと思われますが、これは決してパターンを踏襲することを推奨しているわけではありません。
大きな建物を建てる時には、土台となる基礎工事が重要であることと同様に、ドメイン駆動設計という幅広いテーマに立ち向かうには基礎知識が重要です。
本書はその前提となる基礎知識を解説し、更にその根底にある考え方を示唆しているのです。
本書を読み終えた方が『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』を手に取ってみたいと感じたようであれば、至上の喜びです。
その際には是非とも気軽に手に取って、そして打ちのめされてください。
なに、心配することはありません。
何事も山あり谷あり、浮き沈みを経て、艱難辛苦の果ての果てに、ゴールへとたどり着くものなのですから。